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「社会を耕す土になる」

 

これまでのシステムには、生産者と消費者しかいなかったことが欠陥だったと言えないでしょうか。 成果ばかり追い求め土が痩せてしまった今、腰を据えて土づくりからはじめる必要があると考えます。

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 文明は土の歴史だった

 「文明人は地球の表面をわたって進み、その足跡に荒野を残していった」
ヴァーノン・ギル・カーター&トム・デール共著「土と文明」

 

 人は、これまでの歴史の中で、幾度となく肥沃な土地を荒野に変えては捨て、発展し、また新たな土地を争い、食い荒らし、滅亡するというパターンを繰り返してきました。豊かな土壌に満ちていた古代文明の多くが砂漠化しているという歴然たる事実がそれを物語っています。

 

歴史上かつてない発展を遂げた今、グローバル資本主義経済という単一のシステムが世界を覆い尽くそうとしています。過度な発展の代償としての環境破壊、資源枯渇が致命的となりつつあり、富の再配分は一向に進まず、ユニバーサル化(いつでもどこでもだれでも)追求の結果、人のもつ多様性の喪失・ストレス社会の深刻化やマス依存による知性や創造性の喪失、多様な文化の喪失、高度依存社会システムがもたらすリスクの高まり、行き詰まりの果てにある内乱・戦争のさらなる勃発、など文明の危機といえる様々な兆候が起こりつつあります。

 

「持続可能な社会」が長らく叫ばれていてもそのシステムづくりは遅々として進まない。人間の脳は先世代の問題に今すぐ反応するようには進化しきれていません。

では、どうすればよいのか?

地球が誕生した45億年前から今までを1年に例えれば、近現代社会というのはわずか2秒の出来事です。

 

地球という1つの環境において、人間という生物が1回きりの人口大爆発を迎えている今、きれいなロジスティクスカーブ(=持続可能な社会)を描くか、修正ロジスティクスカーブ(=人類の滅亡)を描くか、二つに一つしかありません。最直近の近代文明から延長線を描くこと=後者に至るのは自明の理です。前者の曲線を描くには、むしろ文明のはじまり、すなわち土を耕しはじめたときの叡智に立ち返ることが必要だと考えます。

 

土を耕す農業をはじめた時が文明の始まりですが、それは一方で人間の自然破壊のはじまりでもありました。

消費量が増え、どんどん生産量を増やすための仕組みをつくっていった、それが文明です。

そして、文明がその創造の源となる土の存在を無視してしまったことから崩壊へと向かう、それが典型パターンでした。

 

現代文明は、まさしく同じパターンを歩んでいると言えないでしょうか。

むしろ、積極的に土の存在を無視してきました。物理的な土だけでなく、社会の分解者としての土の無視=市場は無限に創造でき、無限の消費を促すことで発展する、そこには新たな生産を生むための循環機能としての土を明らかに軽視し、疲弊させ、持続可能性を蝕んできました。

自然の循環サイクルは38億年かけて創り上げた地球上唯一実証済みの持続可能なシステムです。そのシステムになぞらえていえば、現代社会は、生産者と消費者のみによる社会であり、分解者という決定的な要素が不足していたのだと言えます。

グローバル資本主義経済システムの欠陥については様々な考察ができますが、わたしが行き着いたひとつの仮説として「分解者の不在」がその根本原因であったのではないかと思うに至りました。

 


泥臭い土になる

 

「土が植物を育て、それによって動物を養うだけでなく、生き物たちが死んで還りゆくところもまた土である。さらに土を通った水がおいしい泉となる。これほど多くの善きことをしながら、それを誇らない土のゆかしさ」
(孔子)

 

土は、生命を育む源でなくてはならない存在にもかわらず、「臭い、汚い」と酷い扱いをしているとても不思議な存在です。

わたしは、クライアントの喜びのために身を粉にして働く経営コンサルタントという職を天職と思ってやってきました。

これからはその役割認識を発展させ、社会の豊かさを育むために、自ら泥臭い土となって貢献していきたいと思っています。

土の正体は、数え切れない多様な微生物です。多様な生物たちが生き生きと生きていくことで豊かな土が生まれます。様々なプロジェクトをあらゆる分野の仲間と専門家と助け合いながら進めていきたいと思います。

 

また、よい土をつくるには10年はかかると言われています。目先の欲にとらわれず、未来の世代を養うことができるよい土をつくることを目指していければと思っています。

 

仏教用語に「身土不二」という言葉があります。

 

「身」(今までの行為の結果)と、「土」(身がよりどころにしている環境)は切り離せない、という意味です。

幸せの青い土は、どこか遠い世界にあるのではなく、自分が生かされている環境そのものにあるのだと思います。自分が豊かに生きるために、未来の世代のために、今ここにある環境をもっとよくしていきたいと思います。